BGMはカルチャークラブのアレで。

「弱い人」というのは、お金がないとか、体が不自由とか、歳をとっているとか、未成年だとか、社会的弱者であるとか、ネット弱者であるとか、そういった類の弱さではない。

自分で考えない、問題意識がない、容易に思考停止してしまう、先例がないとやらない、みんなと同じなら無条件に安心する、といった人たちのことだ。

こういう人たちは、こういう人たちだけで、ある社会圏というか経済圏を形作っているのではないだろうか、と最近、確信を強めつつある。鴨が鴨を食いものにする経済圏だ。

もちろん、「強い人」だって「弱い人」を食いものにすることは原理的には可能なわけだが、実際にそんなことをしたら自身が「弱い人」の経済圏に踏み込んでしまう、ということを承知している。

いっぽう、「弱い人」にとっての経済圏は「弱い人」に見える範囲に限定されているから、いつまでも“鴨が鴨を食いものにする世界”であり続ける。

そんな“弱者の構造”でかろうじて食っているのが、いわゆるこれまでの“マスコミ”なんじゃないかと思われるのだ。

だからマスコミは、それがたとえ競合であっても、お互いに甘くなってしまうのではないだろうか。視聴者、聴取者、読者を「弱い人」に設定すれば、マスコミ自身に致命的な欠陥とか構造的問題があっても、なんとか食ってゆくことはできる。

これがマスコミでなくて、たとえ企業、行政、政治家であっても同じこと。ターゲットとして「弱い人」を定義できれば、そこに経済圏を作り出すことができる。